相模原の道・橋・花 -さがみはら百選-
大山道
 大山が全国に知られるようになったのは、江戸時代、庶民の間に大山信仰が広まり、各地に「大山講」が結ばれ、白衣・木の杖・振鈴の姿で「大山まいり」が盛んに行われるようになったことによる、という。

 大山街道は、江戸赤坂御門を起点として多摩川を渡り、二子・溝口を経て多摩丘陵をあがり、さらに厚木・伊勢原・秦野を経て関所のあった矢倉沢を過ぎ、足柄峠を越えていた。
東海道と甲州街道のあいだを江戸に向かう脇往還として、「厚木街道」あるいは「矢倉沢往還」とも呼ばれ、現在の国道246号線沿いの道である。

磯部から見た大山
 磯部の渡しから見た大山である。
道標、不動明王を目印にやってきた道も、ここからは1日の道程である。

 大山山頂にある本社・奥社は高1252メートルにあり、中腹(大山ケーブル終点)にある下社・拝殿では標高685メートルにある。
 別名、雨降山(あめふりやま)といい、頂上の大山阿夫利神社は雨乞いの神様である。



 相模原の主な大山道は3本あったと考えられている。

 1つは、八王子から橋本に至り、「橋本の棒杭」で分かれて上溝、田尻を経て当麻の渡しに至る道である。
 2つ目は、八王子から橋本に至り、「橋本の棒杭」で分かれて塚場、下九沢、四ッ谷を経て久所(くぞ;田名)の渡しに至る道であり、この辺はかながわの古道50選に選ばれている。
 3つ目は、府中から小野路、木曾、古淵、麻溝、勝坂を経て磯部の渡しに至る道である。
相模原の大山道
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 大山阿夫利神社は崇神天皇の頃(紀元前97年頃)の創建と伝えられている。祭神は、大山祇神(おおやまずみのかみ)、雷神(いかづちのかみ)、高おかみの三神で、さらに大山の姿が遠く海上からも望まれたので、海人たちの守り神として鳥石楠船神(とりいわくすぶねのかみ)も祀られている。

大山道1へ大山道1へ 大山道2へ大山道2へ 大山道3へ大山道3へ
当麻宿。八王子から「橋本の棒杭」を経て当麻の渡しに至る道である。
田名の坂道。八王子から「橋本の棒杭」を経て久所(くぞ;田名)の渡しに至る道である。
磯部の渡し。府中から小野路、木曾、古淵、勝坂を経て磯部の渡しに至る道である。

参考文献:相模原市教育委員会「さがみはらの地名」ほか

 

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